The die is cast SeasonⅡ

ロックン・ロールを奏でるスナフキンになりたかった

地球の歩き方 ハプスブルク帝国「古の帝国の落日、あるいは木目調の宇宙に開かれた時空の窓」

完璧な歴史の歩き方なんていうものは存在しない

 

少なくとも

 

僕が知る限りでは

 

キーボードを叩く指を止め

 

僕はしばらくその黄色い表紙を眺めていた

 

「地球の歩き方 ハプスブルク帝国」

 

かつてヨーロッパを席巻した巨大な一族の残像が

 

そこには真空パックのように閉じ込められている

 

 

隣にあるロジクールのマウスは

 

極めて現代的な

 

無機質な沈黙を保っている

 

一方は消え去った帝国の栄華と哀愁

 

もう一方は今この場所にある現実

 

その二つの間に挟まれて

 

僕は静かな午後を過ごしている

 

僕がこの本を手にしたのには

 

一つの確かな理由がある

 

ページを開き

 

そこに描かれたかつての帝国の広大な版図を眺めていると

 

僕がこれまで訪れてきた多くの街々が

 

まるで星座を構成する星のようにそこに点在していることに気づかされるからだ

 

ウィーン,インスブルック,リンツ,ザルツブルク,そしてプラハやブダペスト


さらにはアドリア海の風が吹くヴェネツィアやヴェローナ,クロアチアの街並みまで


僕がこれまで歩き

 

呼吸し

 

その土地の風に触れた記憶の一つひとつが

 

ハプスブルクという巨大な歴史の輪郭と静かに

 

しかし必然を伴って重なり合っていく

 

フランクフルトやバルセロナといった街の記憶と対比させながらその版図を眺めていると

 

自分が歩んできた道のりが

 

数世紀という時間の堆積の中に正しく配置されていくような

 

不思議な納得感がある

 

それは単なる観光の追体験ではない

 

自分という個人の時間が

 

歴史という大きな河の流れと合流する瞬間の心地よさだ

 

この「歴史時代シリーズ」という本は

 

単なるガイドブックではない

 

それは地図を広げること以上に

 

自分自身の記憶と失われた時間を繋ぎ合わせるための装置に近い

 

僕はマウスから手を離し

 

ページを捲る


そこにはマリア・テレジアが愛したシェーンブルン宮殿の色彩があり

 

落日の帝国が抱えていた静かな溜息がある

 

そして

 

それらは僕の旅の記憶と混ざり合い

 

より鮮やかな色彩を帯びていく

 

キーボードやマウスといった道具を使いこなし

 

デジタルの海を泳ぐ一方で

 

心はかつて訪れた石造りの古い回廊を

 

帝国の亡霊たちと共に歩いている

 

そんな矛盾のような時間が

 

僕には案外心地よい

 

窓の外では

 

街がいつも通りに動いている


けれど僕のデスクの上だけは

 

ほんの少しだけ時空の歪みが生まれているようだ

 

さて

 

次に僕が歩くべき場所はどこだろうか

 

あるいは

 

次に出会うべき一杯のワイン

 

あるいはそれに寄り添う物語はどこにあるのだろう

 

僕は再びマウスを握り

 

カチリと現実の世界を一つクリックした